信楽焼

「伝統」と「革新」に揺れる焼き物事情。

ssyouhei

 いらっしゃいませ!

今回は信楽焼の旅で感じたちょっとした小話。焼き物を愛する上ではどうしても避けられない問題です。

 さて、前回の信楽の旅を通じて信楽焼を色々と見てきたわけですが、ここであることに気がつきました。それは意外にも伝統的な信楽焼を扱う店が少ないという点です。

 そもそも信楽焼は肥沃な土壌を持つ信楽の土を蒔で焼き上げ、その際に生じた灰が高熱で溶解~凝固を経て完成する、味わい深い焼き目とビードロの色合いが特徴的ないわゆる自然釉の焼き物。約1000年の歴史を持つ「六古窯」の一角であり、日本陶磁器産業において非常に重要な立ち位置に存在します。

 これ以外にも信楽焼といえばたぬきの置物が有名です。たぬきの置物は昭和天皇が信楽町を訪問された際に、たぬきの置物に関する詩を詠まれた様子がきっかけで一躍有名になりました。(お土産に買われた様子が新聞で報じられてブームになったという話もございます。)こちらは現役ですが、信楽本来の作風かと言われると少々難しいところ。なんせ対抗馬は約1000年です。自然釉こそが本来の信楽焼と定義するなら、信楽本来の作風が今失われつつあるのです。

 信楽の地を見てみたところ、どうもこれには二つの大きな要因がありそうです。

 ひとつは製作経費の高騰です。焼き物とは粘土を焼き上げて作る工芸です。この作業を焼成と呼ぶのですが、この焼成がまぁ~~~過酷な作業でして、信楽焼を作る際にはなんと五日間もぶっ通しで火をくべる焼成作業が必用なのです。昨今ではガスを燃料とし、自動で温度調整までしてくれるガス窯が登場しつつありますが、信楽焼の場合は焼成の燃料である蒔の灰までもが材料です。つまり本来の信楽焼を作ろうとする場合は昔ながらの手動で蒔をくべる必要がある訳です。

 さて、昨今木材の値段が高騰しているのはご存じでしょうか?コロナ禍に発生した世界的木材不足にともなう木材の高騰、通称「ウッドショック」は工芸界にも多大な影響を与えました。信楽焼で使用する赤松の蒔束は2,000円/1束。これで起こせる炎の燃焼時間は大体20分。焼成時間は五日間で計算すると、なんと蒔だけでも144万円かかります。マジすか?

 そもそもこの五日間不眠不休の作業をひとりでこなすのは生命に支障をきたすので、サポートスタッフをつけるのが通例です。つまり先述の蒔代に加えて人件費もかさみます。ちなみにこれは焼成だけの話なので、他の作業を加えるとコスト面だけならかなりの負担がかかることでしょう。100円ショップでうつわが販売できるほど販売・製造の低コスト化が進む中、これはかなり厳しいのではないでしょうか。というか何をどうしたら焼き物を100円で売れるんでしょうか

 もうひとつは技術育成・交流が盛んになったこと。昨今の信楽では後進育成のために他の産地と技術交流をしたり、海外から信楽焼を学びたい人を招き入れたりと改革の動きが見られます。これにより信楽焼でも施釉作品が見られるようになりました。施釉どころか絵付け作品、前衛作品・オブジェ類も見られました。この恩恵かは分かりませんが昨今は信楽釉なる蒔の灰を利用しないで、信楽の色を再現できる釉薬が誕生しているようです。これにより先述のガス窯で信楽の色が出せるようになったようです…!すげえ!

 

 このように大きな環境の変化が見られる信楽焼。その結果、現地の店先ではやはりこのような改革を快く思わない声というのも当然出てくるわけです。それもそうでしょう。信楽焼が積んできた1000年間には想像しがたい重さがあります。

 実はこの技術革新の流れはある産地によく似ています。茨城県笠間市にて栄える陶芸界の流行最先端・笠間焼です。笠間焼も信楽同様、粘度が高い土をもち成形の自由度が高く、作品の幅が広いという点まで信楽と共通しております。その作品の幅広さは国内屈指のレベル。原宿の表参道ぐらい最先端です、あそこ。いずれレポ書きますね。

 そんな笠間焼は廃れかけたとはいえ約300年の歴史がありますし、柿渋釉という伝統技法も確立していました。それが今から70年前に信楽と同じように他産地との技術交流や外国人誘致など技術革新を行なったところ、笠間焼は自由すぎる作風が個性と言えるレベルの作風になりました。現在伝統技法である柿渋釉を専門で作られている作家さんは今のところひとりしか知りません。こういう前例があるからこそ、技術交流の影響力というのはなかなか侮れないのです。

 ただ個人的にはこの変化そのものを良いとか悪いとか、そういう目で見てはいけないかなと思います。確かに私も信楽焼を見に行った以上、自然釉の信楽焼があまり見れなかったのは残念ではあります。しかし伝統を受け継ぐというのはありのままを受け継ぐことではありません。そもそも日本文化は朝鮮や中国から流れてきた文化が基盤です。極端な話ですが我々が今もありのままの文化を受け継いできたとしたら、我々は今頃縄文土器を使っております。

 文化というのは生き物です。昔と今の暮らしが全く同じではないように、文化を受け入れる人々の暮らしも変化をしているのです。文化を受け入れる側と、発信する側。両方が変化をし続け、時代と共生していく。これこそが文化継承の本質なのではないかなぁと思います。もちろん上っ面の変化では説得力がございません。「この作品なら他の産地のほうが良いの作ってるな」となってしまっては変化の意味がありませんからね。まぁこういうことは現場に立ち会っていないからこそ言えるんでしょうね。

 今やインターネットの発展により情報伝達が早くなっているこの時代。片手をちょっと動かすだけで地球の裏側の話が入ってきますからね。今までは国が思想を作っていましたが、これからは思想が国を作る時代となるでしょう。国・人種は関係なし。これからは「この文化を支えたい!」という意志こそが、文化をつないでいくのです。日本人フランス料理シェフだっているんですから、フランス人和食料理長が至っておかしくないでしょうってお話です。

 そんな時代に始まりつつある信楽の改革。そんな時期に立ち会えたのは非常にラッキーだなぁと思います。先述の笠間の焼き物達は常に我々の想像の上をいくものばかりで、とてもワクワクしてくるのです。はたして信楽の焼き物はどのような進化を遂げるのか。これからも注目していきたい所存でございます!

 以上、信楽を見て感じた伝統と革新のバランス感覚の話でした。それではまた~。

 

 

店主紹介
気楽なスタッフ
気楽なスタッフ
現役サラリーマン
現在20代後半。大学生の時に観たドキュメンタリーがきっかけでうつわに魅了された男。

「ひとりでも多くの人がうつわに込められたメッセージを楽しんでほしい!」をテーマに活動すべく、個性豊かな愛用のうつわに振り回されつつ生活をしている。

愛用のうつわは笠間焼、備前焼、九谷焼きなど日本陶磁器が中心。西洋磁器はウェッジウッド、マイセンがお気に入り。食空間コーディネーター3級を持っています。

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